しかし、それが日本の大学問題の本質的な解決策になるのかどうか、大きなクエスチョン・マークがつく。
大学を独立行政法人(エージェンシー)として、国家の管理からある程度独立させようとするもの。 予算の弾力的運用、ユニークな人事の実現など、各大学の独自色を打ち出させる効果が期待されている。
3年勤めていると、「改革をしようとしても障害が多すぎる。 もうこんなしんどいことはいや」と、熱意が薄れてくる。

このため、国際的に競争力のある大学に改革しようと声をかけても、多くの先生方は「現状でいいですよ」と応じてくれないのが現実だ。 私がインセンティブ・システム導入の必要性を主張すると、純粋数学や、古典文学を研究している教授など、基礎的な分野の先生からは、「ビジネス・スクールならそれでもいいだろうが、自分たちはもっと結果の出にくいことを研究しているので、インセンティブ・システムはなじまない」という反論が出る。
そのとおりであろう。 確かに、古典文学の研究も、純粋数学の研究も必要であり、こういった分野への予算配分をどうすべきか、国の文教政策の根幹にかかわる問題として別途取り上げることは不可欠だろう。
べーシックな学問分野については、それぞれにふさわしい予算をあらかじめ、高度な判断に基づいて確保するという形にしておくのがいい。 おそらく、それらの分野は、ビジネス・スクールのような、競争原理を導入すべき分野とは区別しておく必要がある。
また、科学技術分野でも基礎的な研究、大規模な研究は、民間企業ではリスクが大きすぎて手に負えないものであるから、それに対して、国策としてきちんと研究予算をつけるなど、別途配慮しないといけない。 一方、ビジネス・スクールの話になれば、かなりの程度マーケットに乗る分野なので、そこには積極的にインセンティブ・システムを導入することだ。
そのへんの識別をしないで全部十把一からげに規制しようとするからおかしくなるのである。 この両者を分け、市場原理に乗るものは積極的にマーケットに乗せ、本当に価値ある研究、教育をする先生には、高い給料を払ってでも来てもらうことである。
反対に、基礎研究をしている人の場合は、マーケットに乗らない場合があるので、国がこれまで主として国立大学について検討してきたが、日本の私立大学も決してほめられたものではない。 東大が世界50位にも入っていないと前述したが、私大の場合はそれよりさらに低位である。
なぜそうなのか。

このような場合は、同じ系統の岡崎 住宅で勝負をするのは避けて、ポイントを変えて岡崎 住宅で差別化を計るべきです。